第488話 秦王の絵図

中華統一を汚濁の極みと評した斉王。それに対し政は亡国の民の苦しみを救う答えがあると断言する。王建はその一言に興味を持ち、政にその考えの詳細を問う。

政は口を開く。国とは人の根付く大地であり、それを奪われた時そこにあった人間に残るのは耐え難い屈辱感と喪失感と恐怖である。中華統一の時、滅ぼす側の王として、旧六国の民達からそれらを取り除く責任があることは重々承知していており、これが征服戦争ではないこと説いて理解してもらう必要があると語る。

王建はこれは異なことをと言い、六国制覇は征服戦争そのものではないかと指摘すると政は新国建国の戦争だと言い切る。征服とは支配であるが、六国を滅ぼし、その全てを西端の秦が一手に支配できるはずもなく、それを試みれば瞬く間に中華は再び混沌の世になる。しかし、秦が支配者とならなければ亡国の民の恐怖心はぬぐえ、新しい国の形を伝えれば国境なく争乱は消え、人と物が自由に動き混ざり合う世界をとまで政が言うと、王建は空論だと吐き捨てる。支配なくしてこの中華七国を一国になどできるわけがないと否定する。それはこれまで多種多様な文化、風習、信仰が複雑に分かれる中華全人民を同じ方向に向かせるなど逆にこれまでにない強烈な支配力を持つものが上に立たねば実現不可能だと言い切る。

政はその通りであり、中華統一の成功は全中華の民を一手に実効支配するものにかかっており、それは人ではなく法であるべきだと説く。法に最大限の力を持たせ、法に民を治めさせる。法の下には元斉人も秦人も関係なく、王侯貴族、百姓も関係なく、皆平等とし、中華統一の後に出現する超大国は平和と平等の法治国家だと豪語する。

政の言葉に辺りは静まり返り、昌文君は涙を流し、蔡沢は胸に熱いものを感じていた。

王建は王侯すら法の下ではもはや王国とも言えぬぞと指摘すると政は小事だと返す。

王建はつくづく常識を覆しよると呟き、東西南北平等の法治国家という考えは大雑把だが回答として悪くなく、容易いことではないが、目指す場所は我々の民が惑い苦しむところではなさそうであり、そんな道があったのかと感心する。蔡沢の口車に乗り、はるばる西の端まで足を運んだ甲斐があったようだなと言う。

政は今度は王建が答える番だと言い、何のために咸陽まで来たのかと問う。斉秦同盟かと考えたが、それでは斉の利はほとんどないはずであった。秦が魏、趙、韓と戦う時その背後にある斉が三国に味方せぬというだけで秦はこれ以上ない同盟の利を得るが、秦の刃が三国を貫いた時、次は斉に突き刺さり、それを同盟の効力で止められぬことは明白であると言う。王建はその時、秦王の目の色が今と変わって汚く濁っていたならば斉も死力を尽くして国を守るだけだと返す。

王建はおよそ五十年前に楽毅の合従軍を受けて、斉国は莒と即墨の二城のみとなり、その時に籠城中の莒で生まれ、多くを見ながら、今に至っていた。中華はもううんざりするほど血を流しており、泥沼からの出口が見つからぬまま、これからもずっと血を流すのかと思っていたが、政の言葉を聞き、出口の光を見つかけたかもしれぬ、政にならこの中華全土の舵取りを任せても良いと口にする。政をそれを聞き、席を立ち、王建に拝手する。

なんということでしょう。一つの城を獲るのに多くの血を流してましたが、政の確固たる中華の想いは血を流さず一国を手に入れることができた。しかも、斉は戦略上秦にとって多大なる恩恵をもたらすことができるため、これから秦の中華統一は加速するものでしょう。

この会談を作った蔡沢も見事ながら、急ではあるものの、その期待に応えた政もやはり偉人ですね。今回は外交の力の凄さを見せつけられた一件だと思いました。

コメント 11

ほぉ〜まさかそこまで話が進むとは意外すぎたな。
王建の言い分なれば〝全ては政次第〟と言った所だろうが、果たしてその頃に政の目が変わらず一点を見据えているかだろうな。

昌文君の人間味溢れる反応もさる事ながら、蔡沢の予想の範疇を超える政の慧眼ぶりにも心から感歎した事だろう。

新国建国・法治国家か…目の付け所がどこぞの愚王とエラく違うな・・・それはそれとして、本殿に控えし李牧はこの後どうなるんだろう…この少数極秘会談の内容を知ったなら、否が応にも秦国を根絶やしにするであろうこの男の動向が気になる（とはいえ会談内容を知り得る事はまず考えられないだろうが）。
by 王翦 (2016-09-08 08:26) 

王建王かっこいい！斉に無事に帰れるだろうか…
by おすぎ (2016-09-08 19:57) 

法治国家…1500〜2000年先の思想をこの時代に花開かせれば！と熱い思い。斎が最後の無血開城を示すなら、法治国家は無理と判断する他国の王達が必死に止めに来るでしょう。王が法の下など受け入れ難いでしょうから。来週は李牧の対談ですかな。この話次第で次の侵略先が決まる…侵略じゃなくて説得でしたな…のかな？楚よりも中道を押さえる韓を攻略したいけど、以前からこの国を攻めると他国の援助が一斉に来ます…どう一対一に持ち込むのだろう？
by かずお (2016-09-08 21:19) 

力と私利私欲から公平平等へ。法治国家が現世は弱者への放置する国家。
でも、ロマンスやなー。
斉王の人となりも含め、良い回だなぁ。
by なだ (2016-09-08 23:06) 

韓非子の話はキングダムで取り上げられてないんだけど、法治国家をいくということであれば、今後避けては通れなさそう。

先日、こちら葛飾区亀有公園前派出所の連載終了が発表。キングダムは自分が生きている間に連載終わるのだろうか。

今まだ合従軍から4年か5年とかそういう描写だけに気になります。

まだ呂不韋も生きているし。
by しゅうしゅう (2016-09-09 07:18) 

来週からは、李牧と昌平君の場面でしょうかね。
昌文君を会見に同席させたと言うより、昌平君に李牧と対峙させたって事なのかな？と予想します。
by ベンザエース (2016-09-09 09:21) 

答えが人が支配するのでなく、法律とは・・・
又、外してしまいましたね。これだから、癖になってしまう(笑)
確かに史実でも、統一後の秦は法治国家だった事、すっかり忘れてました(汗)
しかし、２２００年以上前に、近代国家の基礎を築いた大王政はやっぱり偉大です。しかも、斉王も降らせるとは・・・ここから、統一に向けての軍の動きが活発になるのは間違いない。さしあたっては、対楚でなく韓辺りで、その後に趙でしょうか？
李牧との謁見が楽しみです。その前に昌平君と駆け引きが有りそうですね。そして、正々堂々、宣戦布告するのでは無いでしょうか？
政の度量は李牧が身にしみてわかってるから、来秦の意図は、やはり敵である秦を知る為かな？
このやり取りに信も絡めば更に面白い。
後、信の嫁問題も気になりますね。これから先の展開に目が離せない。
by 先読みのシャア (2016-09-09 23:21) 

拡大主義と統治制度に関連はない。
秦人の富裕層・指導者層は、支配者になれないのに、何を目的に戦争を続けるのか。
サイ国も含め富裕層・指導者層にとって、既存の王権制のほうが、法治よりも利益になるはず。
人が機能させる法をどのように人の上におくのか。

表面的に和解したように見えるが、若き秦王と王健王の真意はなにか。サイタクは老いた、しょうぶんくんはただの親ばかである…

といえるのは、未来の人間だからである。
このように代々試行錯誤を繰り返して文明は発展するのか。私も明日仕事がんばろう…
by 私めも同席したかった。魅力的な回ですた… (2016-09-11 01:14) 

なるほど確かに秦と言えば、法治国家でしたね。
さて、李牧さんとはどうなるのでしょう？
次回楽しみですね。
「李」信と関係してくるか？←穿ち過ぎか？
でもまだ「李」信って表現ストーリー上は出てきてないですよね。どこで李氏になるのだろう？
by ぽいぽい (2016-09-11 09:07) 

今回「法で国をおさめる」を宣言した政ですが・・・史実では秦は中華統一後たったの１５年で民衆の反乱によって滅びてしまう、
つまり政の理想は結局六国の民に理解されなかった訳ですね。
「なぜそうなったのか？何が問題だったのか」という考察は今後のストーリーの中で描かれていくのでしょうか。

by Ｈ．Ｒ (2016-09-12 10:39) 

中々濃厚な回でしたね～。
政の場合はただの侵略ではなく、しっかりとした理念（先を見据えた戦略）がある。
加えて平和になれば、能力があれば稼げるでしょう。斉のように戦火に呑まれ家財や領地を失うこともなくなる。経営が出来る訳ですから。
さあ、問題は李牧。次はどうなるか・・・。
by ましゃ (2016-09-12 16:15)